弓道保存教授及演説主意  一名 弓矢の手引

弓は一技なり。然れども之を学ぶ時は、修身斎家の道を治め、且、古えは之を戦場に用ひて不順の敵を殺戮す。 故に平素其業を習う時は、進退周旋悉く礼に当たらざることなし。又人目に不見冥中の物 をして的中せしむ、之れ蟇目鳴弦の法たる所以なり。

予明治の聖代に至りて以後弓矢を手に不為、之に代うるに采秬を以て業となせり。 然るに、此頃友人某訪来、曰く「君今半白に及び自ら稼穡に身体を労役すること不可なり。君元来弓箭 を取りて名あるなれば、君此道の為め後世に保存の方法を計るべし。僕此頃の弓射る人を見るに愕然に 堪えず。」予怒して曰く「素より射の観徳不可思議絶妙後世に伝わらざるを歎く処、然らば則ち其目的 を計るべし。」

先ず此頃の壮者射の何たるかを知らず、唯射は射て成る事と思い、骨法の然る所以を知らず。故に射る 程益々病い深く骨に入りて終に射の理に遠ざかるは哀れむべし。

射に新古の法あり。所謂日置弾正正次より伝う処、則ち現今の射形なり。之を新術と言う。古流とは 則ち遠く神代より相承なす処の御世々々天皇の御伝なり。然りと雖も、古より流派種々に分れり。 又新流と雖も吉田一派或は竹林等流派ありと雖も、何れも射形骨法日置の発明する処に拠らざるなし。
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